うつ、朝がつらい、意欲が出ない

抑うつ性障害(うつ病)

二十人に一人がうつ病と言われ、その数は六百万人にも達するとされます。女性では、四人に一人が、生涯の間にうつを経験するとも言われています。それほど、うつは身近な問題なのです。
元々うつになりやすいとされる更年期や高齢者だけでなく、働き盛りの世代や若者世代、さらには子どもでも、うつが非常に増えています。
 うつの症状は大きく、軽症のうつにもみられる症状と大うつ(症状の重いうつ)に特徴的な症状に分けられます。

小うつ、大うつどちらにも見られる症状
①気分がふさぎがちになり、悲観的な考えにとらわれる。
②やる気が低下し、体が疲れやすい。
③食欲や性欲が低下する。逆に、過食になることもある。
④自信や自己有用感が低下する
⑤判断力や集中力が低下する
⑥もうダメだと絶望的な気持ちになる
⑦夜が眠れなかったり、朝が起きられない

大うつに特徴的な症状
①行動が不活発で、動作も緩慢になる。
②表情が乏しく、声も小さくなる。
③体重が減少する。(過食になり増加する場合もある)
④イライラや焦りが強く、落ち着かない。
⑤これまで好きだったことにも、関心や喜びが感じられない
⑥自分を責める気持ちや罪の意識にとらわれる。
⑦繰り返し、死について考えたり、死のうとして行動する

大うつは、重症のうつ状態という意味です。うつという場合、まず小うつか大うつかを見分ける必要があります。大うつの場合は、自殺の危険も高く、早く治療を開始することが必要だからです。大うつの場合には、薬物療法が必要なケースが多いと言えます。現在は、とても優れた薬があり、一日も早い治療をお勧めします。
それに対して、小うつの状態は、本人は苦しんでいるものの、まだそれが体や脳の機能を顕著に低下させるところまでは至っていない状態です。今の段階なら、適切な手立てによって、速やかにうつから脱出できます。薬物療法も必要ないことが多く、むしろ心理的な問題や環境的な問題が大きいケースがほとんどです。しかし、放置したり、我慢していると、次第に大うつに移行することもしばしばです。

 

うつにもタイプがある

深く落ち込み大うつになるタイプとしては、メランコリー型うつ病と躁うつ病があります。メランコリー型うつ病は、生真面目で、律儀な性格の人に多く、中高年によく見られます。それに対して、躁うつにともなううつは、朗らかで活動的な人に多く、若い頃からうつが始まっていることが多いと言えます。
 それ以外にも、過食や過眠をともない、傷つくことや見捨てられることに過敏な傾向を示すタイプに非定型うつ病があります。これも、躁うつの一種ではないかとも考えられています。
 一方、比較的軽い落ち込みである小うつが見られるタイプとしては、環境の変化やストレスの増加に伴って生じる適応障害や、くよくよ悩みやすい性格の人が、慢性的に小うつを繰り返すディスチミア(気分変調症)があります。
 最近、よく耳にする「新型うつ病」は、仕事を前にするとうつ症状が強まるが、好きな遊びや趣味のことになると元気がでるというタイプで、本態は適応障害だと考えれます。仕事に対して不適応を起こしている面が強いと思われます。うつ病として治療すると、むしろ症状が固定化する場合もあります。適応障害として治療した方が、良い回復が得られやすいのです。

「うつ」にひそむ「躁うつ」
うつの診断で気をつけなければならないのは、うつと思われていたのが、実は躁うつ(双極性障害)だったということが少なくないことです。最近では、うつの半分くらいが、実は躁うつだということがわかってきました。特に、四十歳までのうつでは、躁うつがひそんでいることが多いのです。抗うつ薬をのんで調子がよくなったと思っているうちに、逆に躁になってしまうこともあります。若い人のうつや出産後のうつでは、躁うつが隠れていることが多いので、気分の波がないかをよくチェックする必要があります。また、抗うつ薬がなかなか効かないという場合にも、実は躁うつだったということがあります。
うつだけが見られる単極性うつ病と、躁とうつが見られる双極性障害では、治療の仕方が違うので、両者を見分けることが重要です。

メランコリー型うつ病とその治療
かつて内因性うつ病と呼ばれ、最近では、メランコリー型うつ病とか、大うつ病と呼ばれるタイプで、症状が重い本格的なうつ病です。遺伝的要因がある程度強いと考えられています。このタイプ、かつては、代表的なうつ病でしたが、近年では、うつ病全体に占める割合は、一~二割にまで下がっています。
内因性律儀な性格の人が、中高年からうつになり、真夜中に目が覚めて眠れず、食欲も落ちて体重が激減しているという場合には、ほぼ間違いなく、このタイプのうつ病だと言えるでしょう。メランコリー型うつ病の場合には、自殺の危険が高いということを、まず念頭に置いて、ある程度回復するまでは、目を離さないように気をつけておくということが必要です。それが無理な場合には、入院も考慮する必要があります。自殺しないことを約束してもらうことも大事です。律儀な性格の人が多いので、約束を守ろうとするので、しっかり約束をしておくことは自殺抑止につながります。
治療としては、抗うつ薬を中心とする薬物療法がもっとも有効です。SSRIやSNRIが第一選択ですが、中には、効果が十分でない場合がある。ことに年齢の高い男性では、SSRIやSNRIが奏功しにくいと言われています。その場合には、三環系抗うつ薬とよばれるタイプの抗うつ薬が有効なことが多いのですが、ただ、三環系抗うつ薬は、口渇や便秘などの副作用が強いのが難点です。
不眠やイライラなどの症状は早い段階でよくなりますが、意欲低下や集中力などは、回復に時間がかかります。元気なときの比較して、調子が悪いと思いがちですが、悪かったときと比較して、良くなった点に目を向け、のんびり気長に療養することが、良い結果につながります。
若い人では回復も早いですが、その場合は、双極性がひそんでいるという場合もあります。中高年のうつでは、一般に考えられているより、回復に時間がかかるのが普通です。一つには、ストレスを抱えたまま回復をはからなければならないということがあります。また、中高年のうつでは、治療を開始した時にはかなり症状が進んでいて、脳の委縮が始まっているということも珍しくないためです。そうなる前に、早く治療を開始したいものです。
運動はとても効果的です。すぐに効果が現れるというよりも、長期的に続けることで、本当の回復効果が得られてきます。

ディスチミア型うつ病とその治療
うつの中には、比較的軽いうつ状態が、長年にわたって続くタイプがあります。気分変調症(ディスチミア)とかディスチミア型うつ病と呼ばれるタイプです。メランコリー型に比べると、症状が軽度で、食欲や体重、体の動き、頭の働きといった面での低下は軽度です。「うつでつらい」「気分が晴れない」と、本人が感じる主観的な症状は強いのですが、それに比べて、客観的な症状はあまり目立たず、一見したところでは、それほど病気には見えないという点も特徴です。
このタイプは、性格的な要素も強いと考えられています。神経質で、自信がなく、不安の強い性格との結びつきがみられ、「抑うつ神経症」と呼ばれていたこともあります。活気が乏しく、疲れやすく、絶えず悲観的な考えに囚われ、楽しいことよりも、つらいことや苦しみばかりを感じて、溜め息ばかりついているというタイプです。ネガティブな思考パターンが染みついていて、どんなことも悪いようにばかり考えてしまう傾向が強いと言えます。親子関係に問題を抱えている人に多いといった点も特徴です。
したがって、ディスチミア型うつの場合は、薬を飲んだからといって、それで回復というわけにはいきません。確かに、うつや不安の症状はやわらげることができますが、ネガティブな思考パターンや不安定な親子関係がそのままだと、薬を飲んで、一時的に良くなっても、また何かあるごとに揺れるということを繰り返しやすいのです。根本にある問題を解決せいずに、症状だけ薬で取り去ろうとすると、薬物に依存するだけで、どこか現実逃避的な生活を続けてしまうということになりがちです。
本当の意味での改善のためには、親子関係の問題と結びついた、ネガティブな思考パターンを修正することが必要で、そうした視点での治療が必要です。
気分変調症の一般人口での有病率は約三~四%と言われ、頻度の高い疾患です。その四割は、罹病期間が十年以上の長期にわたる。女性の頻度は、男性の約二倍です。半数以上が、何らかのパーソナリティ障害を合併しています。不安障害や大うつ病の合併も四割以上と高く、大うつ病と合併したときは、ダブル・デプレッション(二重うつ病)と呼ばれます。若い頃から、気分変調症がある人では、将来、ストレス要因をきっかけに大うつ病になりやすいと言われています。
十代から始まるケースも多いですが、三十代、四十代になって始まることもあります。
大うつ病との違いは、日常生活や社会生活がどうにか維持されているケースが多いことです。薬物療法もある程度は有効で、SSRIなどの抗うつ薬で改善が期待できます。ただ、一部に「躁転」するケースがあることが知られており、双極性障害がひそんでいることがあります。その場合には、気分安定化薬との併用が必要です。

適応障害と他のタイプを見分けるポイント
もう一つのタイプは、適応障害を起こしたときにみられる「うつ」です。反応性うつ病という言い方をすることもあります。職場や学校といった環境からのストレスが原因で、一過性のうつ状態を引き起こしたものだと言えます。
ただ、何かがきっかけで、うつになるという場合でも、適応障害だとは限りません。メランコリー型うつ病やディスチミア型うつ、さらには、双極性うつ病でも、何かのきっかけにうつになることは多いからです。
どうやって見分ければいいのでしょうか。見分ける上で、重要なポイントの一つは、ストレスとなっている環境から離れると、症状が良くなるかどうかです。適応障害の場合には、ストレスとなっている問題を解決するか、職場や学校を替わるかすると、元通りに元気になります。新しい環境に慣れて、元気を回復するということも多いのです。通常、六か月を基準として、それまでに回復した場合は、適応障害とみなすというのが一般的ですが、ストレス源がそのままであれば、適応障害であっても、六か月以上症状が続いてしまうということは、しばしばです。
では、他のタイプのうつと、どこで見分けるのでしょうか。もう一つのポイントは、症状の重さと、それまでの経過です。適応障害でみられるうつ状態は、小うつであり、精神身体症状を伴わないのが普通である。もし、体重の顕著な減少(増加)、動きが緩慢、頭の回転が鈍く、集中できないといった症状が強く見られる場合は、小うつではなく大うつを呈しており、メランコリー型うつ病か、双極性うつ病が疑われます。中高年であれば前者、若い人であれば後者の可能性が高いと言えます。一方、ディスチミア型の場合には、小うつという点では似ていますが、以前からネガティブに考え、沈むことが多かったというのが普通です。もちろん、もともとディスチミア型うつを抱えていた人が、新しい環境になじめず、さらに適応障害や大うつ病を起こすという場合もあります。


適応障害の治療と克服

適応障害の治療、克服には、二つの方向があるということになります。一つは、不適応を生じている環境の問題を解決したり、ストレスに対する耐性を高めて、不適応を克服し、その環境で支障なく生活できるようにするという方向です。もう一つは、合わない環境から、できるだけ早く離れて、その人に適した環境に移ることで、新たな環境での適応を図るという方向です。
職場や学校で適応障害を起こしたという場合、どちらの方向を方針に据えるかということが重要になります。通常は、まず不適応を克服するという方向で支援し、どうしてもうまくいかないという場合、環境を変えるという方針に切り替えるわけです。
合わない環境にしがみつこうとして、ダメージが大きくなってしまうというケースがこれまでは多かったのですが、最近は、見切りが早過ぎるというケースが目立ちます。確かに、それで病状が深刻化するということは防げますが、困難や試練を乗り越える粘りや抵抗力がつかないという難点もあります。厭なことがあっても、それを乗り越える努力も、ある程度は必要だと言えるでしょう。
そのために重要になるのが、次の二つの点です。一つは、生じている問題を解決することです。そして、もう一つは、ストレスに対する耐性を高めることです。ただ、問題を解決する能力をすぐに高めることは簡単ではありません。ことに適応障害を起こして、うつになっているときには、なおさらです。そういう場合にもできることは何でしょうか。実は、問題を解決する能力を左右する上で重要な要素は、他の人に相談できるかどうかなのです。相談することができれば、問題解決能力は格段に高まります。ところが、問題解決が苦手な人ほど、自分だけで何とかしようとしがちです。自分の弱みを見せ、相談するのが苦手な人ほど、適応障害を起こしやすいのです。
したがって、まず実践したいのは、問題や支障が起きたら、適切な相手に相談するということです。適応障害を起こしている場合には、そのことが特に重要になります。問題の解決を、第三者に頼らざるを得ないのが普通だからです。自分でどうにかなっているのなら、そこまで追い詰められてはいません。今こそ、誰かに頼る時なのです。他の人に問題解決を助けてもらうことを、恥ずかしがったり引け目に思う必要はありません。それよりも、自分だけで抱え込んだまま潰れてしまう方が、ずっと恥ずかしいと思うべきです。
もう一つのポイントであるストレス耐性を高めるという点では、何ができるでしょうか。人に相談することも、ストレスを半減させます。どんなことでも話せる家族や友人がいる人は、幸運です。実際、そういう人がただ話を聞いてくれるだけで、ストレスは大幅に緩和し、自殺のリスクも低下します。
ストレスに強くなるという点で、もう一つ大事なことは、期待値を下げるということです。人は、自分が望む期待値と現実のギャップだけ、フラストレーションを感じます。期待値が高ければ高いほど、同じ現実に遭遇しても、落胆やストレスも大きくなってしまいます。
実際、完璧主義な人は、適応障害を起こしたり、うつになりやすいのです。百点をいつも目指していると九十点でも、不満足な結果でしかありません。いつも人に愛されたい、認められたいという承認欲求が強すぎる人は、人から些細な非難を受けただけでも、強い不安にとらわれてしまいます。それもまた、適応を阻害します。
百点ではなく五十点で満足する。みんなから評価されることは期待するより、自分を評価する人もいれば、評価しない人もいて当然だと思う。実際、優れた人ほど、風当たりも強くなり、中傷も増えます。中傷は、存在感の裏返しだと思っておけばよいわけです。
ストレス耐性を高める上で、もう一つ大切なことがあります。それは、切り替えを上手にするということです。適応障害に陥り、うつになったときというのは、自分が躓いた問題や降りかかってきた難題に、とらわれてしまった状態になっています。そのことを絶えず考え続け、切り替えてリラックスすることができないのです。言われた言葉や心理的衝撃を頭の中で引きずり続け、その言葉や場面が反芻し続けてしまう。これを反芻思考と言います。反芻思考に陥りやすい人は、うつにもなりやすい。日頃から、反芻思考を防ぐ習慣を作っておくことも大事ですし、反芻思考に陥ったとき、それを切り替える方法を知っておくことも大事です。
まず心掛けたいのは、日頃から、切り替えの訓練をしておくことです。切り替えの方法として、簡単でけど有効なのは、体を動かしたり、場所を移動することです。職場から出て、自宅に帰る。三十分以上の時間がかかった方が、切り替えには効果的です。その間も、いつも習慣にしていること(音楽を聞く、本を読む、情報をチェックする)をするのも良いでしょうが、瞑想したり仮眠をとると、さらに切り替えは進みます。
自宅と職場が近いという場合は、自宅にまで職場での気分を引きずりやすい。その場合は、意図的に徒歩や自転車で通うなどして、ある程度時間をかけると同時に、運動の要素を採り入れて、切り替わりを助けるとよいでしょう。


双極性うつ病を見分ける

同じうつでも、双極性障害に伴う「うつ」の場合には、抗うつ薬による治療が逆に問題をこじらせてしまいます。もっとも問題なのは「躁転」という現象である。うつ病だと思って、抗うつ薬を飲んで快調になり、よくなったと思っているうちに、快調になり過ぎて、躁状態になってしまう現象です。また、気分の波が激しくなり、躁とうつの周期が短くなったり(ラピドサイクラー化という)、抗うつ薬によって過激な行動化を引き起こし(アジテーションという)、ときにはそれが自殺企図に至る場合もあります。このアジテーションによる自殺の問題は、若い世代ほど起きやすく、二十五歳より下の年齢層では、抗うつ薬の使用には、かなり注意が必要です。
元々気分の波があるケースでは、うつだと思っていても、実は、躁うつだということが少なくありません。うつの半分くらいは、実は双極性だということがわかってきました。特に若い人のうつでは、躁うつ(双極性)の割合が高いのです。
躁うつ(双極性)のうつと、本来のうつ病(単極性という)では、まったく治療の方法も経過も異なるので、その点を念頭においておく必要があります。
双極性のうつと単極性のうつ病を見分けるポイントとしては次のような点が挙げられます。

①若い人のうつ、三十代までのうつでは、双極性が多い。十代から始まったようなケースでは、さらに双極性の可能性が高い。単極性のうつ病は、四十代以降始まることが多い。
②もともと元気で、明るく陽気な性格の人が、うつになったという場合には、双極性が多い。若い時からくよくよ悲観的にばかり考えるという人では、気分変調症が多い。単極性うつ病では、生真面目で律儀で、責任感が強く、勤勉なタイプの人が多い。
③うつになると、寝る時間が長くなるといたタイプのうつでは、双極性が多い。単極性うつ病の場合には、早くから目が覚めて眠れなくなることが多い。双極性では、うつになると、体重が増える傾向を示すことが多いのに対して、単極性のうつ病では、減少することが多い。
④何か楽しいことや、興味のあること、良いきっかけがあると、少し気分が良くなったり、また最初は気乗りしないが取り組んでいるうちに、気分がましになるという場合には、気分反応性があると言って、双極性であるか、小うつ(気分変調症や適応障害など)であることが多い。単極性のうつ病では、気分反応性がまったくなくなるのが特徴です。
⑤もう一つ、とてもわかりやすい指標があります。それは、口数が多いか、少ないかということです。双極性のうつでは、うつ状態でも、口数はそれほど減らず、苦しさを積極的に訴えることも多い。一方、単極性のうつ病では、極端に口数が減り、電池切れのロボットのように、反応が乏しくなる。返事が帰って来るのにも、長い時間がかかる。よく喋るうつという場合には、双極性や気分変調症などの可能性が考えられます。

岡田尊司『うつと気分障害』より

 

第四章 気分障害のタイプ

気分障害は大きく、単極性の「うつ病」と「双極性障害」に分けられる。さらに、うつ病は、症状の重い「大うつ病」と軽うつが長く続く「気分変調症(ディスチミア)」に分かれる。また、双極性障害は、「双極性Ⅰ型」、「双極性Ⅱ型」、「気分循環症」にわかれる。大うつ病は、さらにいくつかのタイプに分かれる。各タイプによって、経過や治療も違ってくる。本章では、それぞれのタイプの特徴と注意点を述べたい。

1.うつ病のタイプ 
大うつ病(単極型うつ病) 
(1)メランコリー型うつ病
昔から知られる典型的なうつ病である。精神運動症状が強く、体重減少や油が切れたような体の動き、無表情といった、誰の目にも明らかな身体的症状を伴う。
メランコリー型うつ病は、ストレスが引き金になる場合が多いが、なんらそうした誘因が見あたらない場合もある。いずれの場合も、主に生物学的なメカニズムによって起こるものだと考えられている。
一旦発症すると、誘因となったストレスを除去するだけでは、回復しない。骨が折れてから、重りを取り除いても、手遅れなのと同じである。
薬物療法による改善効果が大きく、ECT(電気けいれん療法)も有効である。薬物療法としては、SNRIや三環系または四環型抗うつ薬が効果的である。認知療法や支持的精神療法も、薬物療法と併用することで、治療効果を高めることができる。実行機能障害など認知機能の低下を伴っており、作業療法などのリハビリテーションは、回復において重要な役割を果たす。

(2)精神病性うつ病 
二〇〇二年に行われた大規模な有病率調査によると、大うつ病の一八・五%に幻覚や妄想などの精神病症状が認められている。精神病症状を伴ううつ病は、一般に重症度が高く、回復に時間を要したり、再発しやすかったりする。メランコリー型うつ病に含められることもあるが、区別した方がよいという考え方もある。非精神病性うつ病とは、経過や治療方針が若干異なるため、本書では、精神病性うつ病として区別して記載しておく。
自分は過去に悪いことをしたので、罰を受け取るといった罪業妄想や、預金が誰かに使われてお金がなるといった被害妄想を伴った貧困妄想が、よく見られる。
治療法としては、抗うつ薬と非定型精神病薬の組み合わせが、一般的である。抗うつ薬としては、SSRIまたは三環系抗うつ薬が使われる。電気けいれん療法も有効である。

先に触れたヘミングウェイの場合も、妄想を伴うタイプのうつ病であった。ヘミングウェイは、ノーベル文学賞を取り、毎年多額の印税収入があるにもかかわらず、妻が自分のお金を浪費していると思い込むようになり、また、FBIが自分をマークしているという被害妄想や監視妄想もみられた。夜遅く銀行の灯りがついているのを見ただけで、FBIが自分のことを探っていると言ったり、事故に見せかけて殺されるではないかと思い込み、車になかなか乗ろうとしないこともあった。自殺する前日も、レストランの隣のテーブルに座っている二人の男について訊ね、妻がセールスマンだと答えると、ヘミングウェイは、「違う、FBIだ」と言ったという。

(3)非定型うつ病
増加する非定型うつ病
メランコリー型うつ病とは症状が異なるだけでなく、抗うつ薬が効かないタイプのうつ病が存在することは、半世紀以上も前から知られていた。通常のうつ病では、早朝覚醒して、睡眠時間が短くなったり、食欲が低下し体重が減少するのに対して、このタイプでは、逆に過眠傾向が見られ、過食や体重増加が見られた。また、従来のうつ病では、喜ぶべきことや楽しいことがあっても、楽しみや喜びが感じられず、気分が持ち上がらないのが特徴であったが、このタイプでは、気分の反応性は良く、むしろ周囲の出来事に過剰に反応する傾向が見られた。もう一つの特徴として、従来のうつ病では、自責的で自分を過度に責めてしまう傾向が強かったが、このタイプでは、周囲を責める傾向が見られた。このタイプのうつ病は、通常とタイプが異なると言うことで、「非定型うつ病」と呼ばれるようになった。

新型うつ病との関係
近年、従来型のうつ病とは特徴の異なるうつ病が増加し、ひっくるめて新型うつ病と呼ばれることがある。新型うつ病の特徴としては、多くは配置転換などの環境変化に伴って発症し、出社(通学)時に、症状が悪化するが、仕事(学業)を離れた場面では、うつの症状がぐっと軽減すること、自責感は乏しく、むしろ責任転嫁や他罰的な傾向が見られること、休業することにむしろ積極的なことなどである。先にも述べたように、このタイプのうつ病は、七〇年代からすでに存在し、「逃避型抑うつ」や「恐怖症型うつ病」という名称を与えられたこともあった。回避性などのパーソナリティ障害との関係が推測される。
そうしたタイプも含めて、従来型でないうつ病に対して「非定型うつ病」という言い方をすることがある。

非定型うつ病の診断
Ⅰ 気分の反応性 良い出来事や楽しい出来事に対して、気分が明るく反応する。うつがなかったときの反応を一〇〇としたとき、三カ月以内で最も反応したときの反応が五〇以上であれば、反応有りと判定する。
Ⅱ 関連症状 次のうち二項目以上該当

A.体重増加または過食 体重増加は4キログラム以上で、有りと判定。過食は、食べたいという強い欲求が週5日以上、過食したいという欲求や何度も食事をする日が週3日以上、もしくは、無茶食いをする日が週2日以上で、有りと判定。
B.過眠傾向 睡眠時間の合計が10時間以上、もしくは、うつがなかったときに比べて、2時間以上増加。
C.鉛のような体の重さ エネルギーが切れたようで、体が鉛のように重く、些細なことにも努力が必要である。1時間以上そういう状態がある日が、週に3日以上ある。
D.拒絶に対する過敏性
 最近の2年間で、つぎのうちのいずれかが認められたとき、有りと判定。

① 対人関係の過敏さ 拒絶や批判されることに過敏で、馬鹿にされている、責められていると思って、激しく落ち込んだり、強い怒りを感じたりする。
② 不安定な対人関係 拒絶されている、責められていると受け取ってしまいやすいために、トラブルや言い争いになりやすい。
③ 社会的機能の障害 拒絶や批判に対する過敏さのために、学校や仕事に行かなくなったり、辞めたり、飲酒量が増えたりしたことがある。
④ 親密な関係の回避 拒絶や傷つくことを恐れて、親密な人間関係を避ける。
⑤ その他拒絶の回避 拒絶や非難を恐れて、生活上の課題を避けようとする。(失敗や断られるのを恐れて、面接や就職を避ける。非難されると思って、必要な出席や課題の提出、しなければいけない用事ができない)


 双極性障害との関連性
診断基準からもわかるように、メランコリー型うつ病とは異なり、非定型うつ病では、気分反応性がある程度保たれており、また、うつの症状が出ているときには、睡眠が増えるといった傾向がみられるが、これらの特徴は、実は、双極性障害にみられるうつ状態の特徴でもある。こうしたことから、最近では、非定型うつ病に出会ったら、双極性障害がひそんでいる可能性を考える必要があるということが、臨床家の間で言われるようになっている。
その時点までで、明白な軽躁や躁の時期が認められない場合も、その後、躁や軽躁の症状が現れる可能性がある。したがって、抗うつ薬の投与についても、慎重な配慮や観察が必要である。


回避性や境界性パーソナリティ障害の合併
拒絶や失敗で傷つくことを恐れ、親密な関係や社会的行動、責任がかかることをやチャレンジを避けるパーソナリティ・タイプを回避性パーソナリティといい、それによって、社会生活に大きな支障を生じている場合、回避性パーソナリティ障害という。診断基準を見ればわかるように、非定型うつ病の一部には、回避性パーソナリティ障害を合併している。
非定型うつ病では、境界性や自己愛性、妄想性などのパーソナリティ障害も合併しやすい。
境界性パーソナリティ障害は、両極端な気分、対人関係の変動や強い自己否定と自分を損なう行為を特徴とするもので、見捨てられることに過敏で、傷つきやすく、うつ状態を伴う。症状的にも重なる部分があり、合併することが少なくない。
プライドが高く、傲慢で自己特別視の強い自己愛性パーソナリティ障害も、批判や傷つくことに過敏で、怒りや攻撃、ときに回避を起こす傾向があり、自責的なメランコリー型うつ病よりも、非定型うつ病を合併しやすい。
人が信じられず、裏切られるのではないかと邪推し、非難や悪意を過剰に感じてしまう妄想性パーソナリティ障害でも、過敏で不安定な対人関係に陥りやすく、非定型うつ病を合併し得る。


治療と経過
このタイプは、通常の抗うつ薬が効かず、慢性化や長期化しやすいとされる。三環系抗うつ薬やSSRI、SNRIを用いることで、ある程度効果があることもある。抗うつ薬に、ある種類の非定型精神病薬を組み合わせることで、著効を示すケースが少なくない。双極性障害がひそんでいる可能性が疑われる場合には、気分安定化薬や非定型精神病薬の選択が必要な場合もある。パーソナリティ障害を合併している場合は、その部分への働きかけが不可欠である。
また、いわゆる「新型うつ病」では、従来型のうつ病(メランコリー型うつ病と呼ばれる)のように、とにかく休息させ、励ましたり、頑張らせたりすることは、極力控え、のんびりと回復を待つという方針が、逆に、回避的な状況を固定させてしまう場合も多い。気持ちを奮い立たせ、現実に立ち向かわせる心構えを養い、それに向けて、現実的な準備と努力を積み重ねていくというトレーニング型の治療が必要になる。本人も回復と復帰を望んでいるのだが、足がすくんでしまうという状況を突破させるには、肩を押してやることも必要なのだ。

(4)季節性うつ病
一部の人では、ある特定の季節にうつになりやすいという場合が少なくない。もっとも多いのは、秋から冬にかけて、日照時間が短くなる季節に、うつ状態になる冬季うつ病である。春や梅雨時に、決まってうつ状態が見られるケースもある。うつ状態になると、活動性が低下すると共に、睡眠時間が長くなるのが特徴である。反応性はある程度保たれており、ほどよい刺激があった方が、活動性が保たれやすい。動きにくいからといって、何もしなくなると、寝込んだ状態になりやすい。症状からもわかるように、双極性障害との関連が高い。
治療は、抗うつ薬や気分安定化薬が用いられる。ある種の非定型精神病薬が有効な場合もある。数千ルックスの光を全身に浴びる高照度光療法やトリプトファンを多く含んだ食事も効果が期待できる。
 
気分変調症(ディスチミア)  
気分変調症(ディスチミア)と「憂鬱屋」
シェークスピアの喜劇『お気に召すまま』には、いつも憂鬱に悩み悲観的なことを口にするジェイクイズという人物が登場する。エネルギーが乏しく、疲れやすく、絶えず悲観的な考えに囚われ、人生を儚み、楽しさよりも、悲嘆や苦しみを感じて、溜め息ばかりついている。
こうしたタイプが気分変調症(ディスチミア)というものの典型である。うつの中に、日常生活はどうにか行える程度の比較的軽いうつ状態が、長年にわたって続くタイプがあることが、かなり以前から知られていた。「性格」と思われることも多く、実際、神経質で、自信がなく、不安の強い性格との結びつきがみられ、「抑うつ神経症」と呼ばれていたこともあった。一九八〇年にできたDSM-Ⅲで「気分変調症」という病名が用いられることになった。
気分変調症は、一般人口の有病率が約三~四%という頻度の高い疾患であり、その四割は、罹病期間が十年以上の長期にわたる。女性の頻度は、男性の約二倍である。半数以上が、何らかのパーソナリティ障害を合併し、性格的要素との結びつきが強い。不安障害や大うつ病の合併も四割以上と高い。大うつ病との合併は、ダブル・デプレッション(二重うつ病)と呼ばれる。
発症年齢は十歳~四十五歳で、大うつ病よりも若く発症することが多く、十代の子どもにも少なくない。十歳未満の発症もある。若年発症のケースでは、家族に気分障害の人がいる割合が五割程度と多く、半数以上の親に何らかの精神的な問題が見出されたという調査結果もある。元気がなく、悲観的な親の存在は、直接間接の影響を子どもに及ぼすものと考えられ、悪い連鎖を予防することが重要になる。子どもの気分変調症では、将来、大うつ病にかかる危険も高い。
大うつ病との違いは、日常生活や社会生活がどうにか維持されているケースが多いことで、社会的ひきこもりに陥るケースは八%ほどと、大うつ病の六分の一以下だった。以前は、性格的な要素が強く、薬物療法にも反応しにくいと考えられていたが、実際には、SSRIなどの抗うつ薬で改善が期待できる。ただ、一部に「躁転」するケースがあることが知られており、双極性障害がひそんでいることがある。その場合には、気分安定化薬との併用が必要である。

その他の原因で起きるうつ状態 
(1)適応障害
環境的なストレスが原因で、軽度のうつや不安などの症状がみられるものである。ストレス要因から離れると、元気を回復するのが特徴である。
(2)ストレス性障害
事故や天変地異、犯罪の被害に遭うといった、強い衝撃を受ける出来事が原因で、神経の過剰な緊張状態やショッキングな場面のフラッシュバックなどがみられるもので、しばしばうつ状態を伴う。ショッキングの体験の直後から発症する場合と、遅れて発症する場合がある。
(3)器質性うつ病 血管性うつ病など
脳の器質的な異常により、うつ状態が見られることがある。もっとも多いのは、脳出血や脳梗塞の後遺症にともなう血管性うつ病である。抗うつ薬が奏効することが多い。
(4)薬剤誘発性うつ病
違法なドラッグの使用によって起こるものと、医療的に使われる薬の影響で起きるものがある。覚醒剤などの違法ドラッグの後遺症でみられるうつ状態は、しばしば重症で、自殺に至るケースも少なくない。

2019年02月09日